就労移行支援を振り返る
少し間空きました。
振り返りシリーズも佳境?!
書店券雑貨屋の前は直前まで就労移行支援に通ってました。家からちょっと遠くて車で40分位の所。
確か当時の主治医の先生の紹介(?)みたいな感じで、療養生活をしながら日中通う場所を探してたと思う。で、デイケアどうですかと言われ何ヶ所か見学に行ったけど、大人の保育園て感じで嫌だと言った気がします。
そしたら、何か明確に作業がある方がいいかもねってことで作業所を紹介されて、それも先生と母と見学に行ったのかな?
それがたまたま就労移行支援だったという…。当時の主治医は熱心な人で休診日の日に見学に付き合って下さっていた。
そんなこんなで利用開始して、その時は相談支援専門員さんとか居なかった気がします。市外の作業所だったし…。そういうシステム無かった??
当時の自分は障害者の方に凄い偏見とかあったかもしれなくて、一緒に働くこととかに抵抗があったことを覚えてます。仕事に慣れはしてもこの人たちとなじみたくはないとか思ってました。そういう思いが今は全然無いと言ったら嘘になるけど、だんだんと和らいでは来たかな??
仕事内容は最初は、セルフサービス方式のレストランのホールとレジ。
店内とトイレと階段とか掃除して開店準備、料理の値札とか準備して、開店したらご飯とか汁物を注文を聞きながら盛る、お客さんが自分で選ばれたお皿をレジでお会計、みたいな感じでした。
それを1年位やって、次は「販売の方に異動してくれないか」と誘われました。同じ系列でパンとかお菓子を作ってて、ルート販売みたいな部門もあったんです。
で、異動して販売へ。公的機関みたいな所へお邪魔して「いかがですか〜」と売り歩くお仕事。別にノルマとかはないけど、お客さんが自分から来てくれるレストランに比べて出向いていく販売はちょっぴりしんどくもあったけど、1人ではなくて複数人だったからやっていけた気がする。
工賃は最初は利用料の方が高くてマイナスだったような…?記憶が曖昧…。
世帯年収で見られてたのが私個人の収入で見てくれるように途中からなったのかな??10年以上前だから忘れてしまった(汗)
時給は不定期的に少〜しずつ上がって行ったと思います。「時給上がったけど皆じゃないから言わないでね」とか言われたの覚えてるから、一応能力で少しは見てくれていたのかなぁ?と。
販売も1年位やって、移行支援の期限2年が来るけど延長にしとく?って訊かれた頃にバイトが決まってだいたい2年ちょうどで利用終了になりました。
就労移行支援だったけど、そんなに就活の支援を受けた記憶がないです。一回位ハローワーク主催のセミナーがあった気がしたけど、確か体調不良で休んだし…社内でセミナーとか…何か少しはあったかな??
とにかく作業所の業務で日々忙しかったなという記憶です。